地震大国だから…

2000年10月に起きた鳥取県西部地震の日。仕事は休みだったけれど、忘れ物か何かを取りに行って、たまたま局にいた。

13:30。デスクの前に立っていた私を襲ったのは、震度5強の揺れ。「机の下に隠れなきゃ!」と思ったけれど、体を動かすことができない。立ったままデスクにしがみつくのが精いっぱい。手を離したら、体が吹き飛ばされそうだったから。

揺れがおさまった瞬間、「スタジオ入って! 」と部長の声がする。私…か!? ラジオ? テレビ?

休日。すっぴん。ヘアセットしていなくて、メガネで私服…だけれど、足はロッカーへ。

常備してあるスーツを羽織って、とりあえずコンタクトレンズを片方だけ装着。両方入れる時間はなかった。大丈夫。片方だけでも見える。

カメラの前にスタンバイ。「◯分後にオンエア入るよ!」 原稿? 各地の震度と震源地とマグニチュードの書かれたFAX原稿が届く。ほかには、ない。まだ何もない。

各地の震度を伝えながら、何が起きたのか、どんな状況だったのか、自分の頭の中で整理する。伝える。何が言えるのか。どんな地震だったのか。ほんの少し前の記憶を辿る…。繰り返す。繰り返す。繰り返す…

2回目のオンエア直前。数行の殴り書きの原稿がポツポツと1枚ずつ届く。

「放送局の戸棚の書類が落ちて散乱している」

そうか、まずは自分たちのいる場所こそが現場なのだ。目の前で何が起きたのか。映像が届く。そうか、記者がカメラを回して編集しているんだ。編集する時間はないか…

「放送局の前のブロック塀が壊れている」

あ、記者の誰かが外に出てカメラを回してるんだな。近場の情報を集める。スタジオにいながら、ほんの少し外の風景が見える気がする。

「消防によると…けが人の情報は今のところ…」

電話取材もしているのか。FAXで情報も入ってくる。そっか。そういうことも大事な情報だ。私にとって、初めての地震速報。生放送。全国放送。

1枚1枚の原稿を繰り返すしかないから、1枚1枚の原稿を大事に伝える。オンエアの最中にもスタジオが揺れる。

「今、スタジオの中で再び揺れを感じています…天井のライトが大きく揺れています!」

そんな私の言葉に合わせてカメラが動く。ほかに、何を映せばいい? 何を喋ったらカメラで撮れる? そんなことを考えながらも、注意喚起をする。「皆さんの地域は大丈夫ですか? 身の安全を確保してください」とかなんとか、そんなような言葉を発する。

1回のオンエアにつき何分くらい喋ったのか、もう思い出せないけれど。CMのタイミングにも合わせる必要があるし。原稿の取捨選択も半分は自分でしていた気がする。しなきゃ。人が足りないし。みんな、てんやわんや。欲しい、次の原稿が欲しい。もっともっと…

次は何分後。その次は何分後…と夕方のニュース番組が始まるまで数時間続いた。途中で、もう片方のコンタクトレンズも装着したのかな、きっと。

まだ、スタジオ内でヘルメットをかぶってオンエアしていなかった気がする。余震が続く中、「この照明が落ちてきたら、どんな風に実況したらいいんだろうか?」と、そんな想像もしながら、ひたすら伝える。

スタジオを出ると、ホワイトボードには地震のニュースが時系列でまとめられていた。インフラ関連も被害状況も一目で分かる。ラジオブースでも人海戦術。先輩方がリスナーからのメッセージを受け、喋り続けている。

時間が経てば経つほど、状況の深刻さが増してくる。そして翌日もその翌日も、地震関連のニュース。規模を縮小しながらも、1年間、地震関連のニュースコーナーを設けて伝えた。記者ってすごいな、デスクってすごいな、カメラマンって、編成って、放送に携わる人って…すごいな。と、仕事の重みを感じた。

このときの最大震度は6強だった。

今日2026年1月6日(火)10:18頃、島根県と鳥取県で最大震度5強。震源地は島根県東部、地震の規模はM6.4、震源の深さは11km。津波の心配はなし。

大きな被害がないことをひたすら祈る。

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